【Tarzan】
困ったときのトレランFAQ


街では大したことない出来事も、山では大問題になり得る。未然に防ぐため知っておこう。

【Q】一緒に走る人がいないから、1人で走りに行ってもいい?
【A】1人では判断を誤ってしまうこともある。必ず2人以上で行動することが重要なのだ。

楽しいから1人でもトレイルに走りに行きたいという気持ちはわからないでもない。 が、山に1人で入っていくということは、すべての行動を自分だけの判断によって行うということだ。 たとえば、道に迷いそうになったとする。こんなとき、自分のココロの状態を平静に保っておくことができるだろうか。 山に馴れた登山者でもココロ乱され、あらぬ方向へと歩き始め、遭難することは珍しくない。
あるいは、戻らないと暗くなる。でも、まだ体力はある。じゃ、行けるところまで行こう。 そして、日が暮れて帰り道がわからなくなり……。といったケースも少なくない。 1人で行動すると、ときには臆病になり判断を間違え、ときには大胆になりすぎてこれも判断を誤るのである。 2人ならば、こんなことにはならない。ココロも落ち着き、互いの意見を出し合い、正解ではないにしろ、それに近い答えを見つけ出すことも可能。 安全を考えるなら少なくとも2人、3〜4人がベストだ。反対に大人数も感心しない。

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【Q】山の中でクマに会うのが、とても怖いんですけど……。
【A】クマなんか会えたらラッキー。ってのは冗談だけど、山の中で注意したいのは断然ハチです。

クマには、まず会いません。とりあえず、クマが怖いというなら、クマよけの鈴をつけるか、2〜3人で走る、早朝と夕刻のランを控えるだけで対策になる。
それよりも、山で恐ろしいのはハチだ。とくに、オオスズメバチ、キイロスズメバチなどは大型で、攻撃性が強い。 毎年、刺されて死亡する人がいる。危険なのは2度目に刺されたとき。ハチに一度刺されると抗体ができるが、2度目に刺されたとき、この抗体が異常反応してしまうのだ。
これがアナフィラキシーショックで、気管支の血管が拡張して呼吸困難に陥る。刺されたときに有効なのはポイズンリムーバー(写真)だ。 この器具で、ハチの毒を吸い出してやる。針が皮膚に刺さっている場合は、ピンセットを使って抜き取るといい。
まぁ、会わないのが一番。ハチは偵察としてまず1匹が様子を窺いに来る。それを見つけたら、即退散しよう。 命は大切でしょ。その他、山の危険な生物を記した(下イラスト)。参考にしてほしい。

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【Q】雨が降ってきたら、レインウェアを着ればいい?
【A】レインウェアはもちろん着る。でも、そのまま走り続けるのは危険。安全な場所へ急ごう。

3の法則をご存じだろうか。まず人は3分間酸素がないと死ぬ。3時間、荒天に曝されると生命に危険を及ぼす。3日間水分と睡眠がないと死ぬ。 3週間食糧がないと死ぬ、だ。トレランに関するのは、このうちの3時間。山の天気は変わりやすいし、夏でも低気圧が入ってくれば温度は下がり雷も発生する。 とくに昨今はゲリラ豪雨が多く、命の危険に直結。雨が強くなってきたら、避難小屋、山小屋など安全な場所へ駆け込むこと。 間違っても走り続けてはいけない。近くに安全な場所がなければ高度を下げる。高所では寒さという危険も加わるのだ。
雷にも注意が必要。金属に落ちるといわれるが、それよりも濡れた人に落ちやすい。水分を含んだモノは電導体なのだ。 だから、大人数で固まっていると狙われる。また、高い場所に落ちる性質もある。つまり、木の近くにいると、そこに落ちて人間にも伝わってしまう。 雷が鳴ったら、安全な場所がないなら、高い木から離れて、姿勢を低くして通り過ぎるのを待とう。
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【Q】思ったより時間がかかった。そんなときはどうするの?
【A】トレランの計画を立てるときに、いくつかのポイントでエスケープルートを確保しておく。

そもそも、いきなりトレランに行ってしまうのはよくない。まずは計画書なり行程表なりを作っておくことが重要。 何時にどこに着いて、何分休憩、そして何時に到着というように、時間と通過地点を決めておくのである。 そして、予定時間に到着できなかったときのことも、もちろん考えておくのだ。
たとえば、14時までに最後の分岐点に着かなかったら、そこから他の道へ入って、バス停に向かう、とか。 エスケープのための道をいくつか用意しておけば、遅れてしまっても安全に帰路につけるのだ。
絶対にやっていけないのは、こっちの方に行けば、ショートカットでバスの通る道まで行けるだろうと予想して、知らない道を進んでしまうこと。これほど危険なことはない。 やがて道は細くなり、踏み跡が消えるということも多々あるのだ。 そうならないためには、事前に地図をしっかりと読み、安全な行動ができるようにエスケープルートを探しておくことが大切なのだ。

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【Q】急な腹痛、体調不良。どうしたらいいだろう?
【A】山の中では大をしてはいけない。不安ならば携帯トイレを持つ。体調不良なら引き返す。

腹具合が悪くなったからと、森の中で大をするのはいけない。そのためには、まず事前にトイレポイントをチェックしておくことが大切。 あと5分行けばトイレがあるとわかっているだけで、安心できるはずだ。あるいは、心配ならば簡易トイレを持っていく。それほど荷物にはならない。
体調が悪化した場合は、山小屋などがある場合は休ませてもらえばいいし、もしないなら引き返すようにしたい。 腹痛ぐらいなら、どうにか歩いて帰れるはずだ。一番困るのは捻挫や骨折など大きなケガ。1人で行ってはダメというのは、こういう状況も含んでのことなのだ。 2人なら荷物を持ってやれるし、3人なら両方から支えてやれるのだ。
ただ、最近の傾向としてすぐに救助を呼ぶ人がいるようだ。それも、腹が減って動けないとか、足が痛いとかいう理由で、だ。 まぁ『ターザン』読者ならこんなことはないと思うが、できるだけ自力で帰るようにしたい。なんといっても民間の救助ヘリを呼ぶと1分1万円らしいし……。

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これからも山で楽しく遊ぶために。登山者と〝ぶつからない〞トレイルランナーのマナー。

トレランの人気拡大とともに、登山者とのトラブルも増えている。山の新参者たるトレイルランナーが学ぶべき、ルールとマナー。

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これまで一人の登山者として、また山岳ガイドとして数々の山に登り、多くの登山者をナビゲートしてきた笹倉孝昭さん。彼は登山者として、昨今のトレランブームについてどのように思っているのであろうか。
「自分も若い頃はトレーニングのために六甲の山を走ったりしていましたから、山を走る楽しさもわかります。 今、登山者VSトレイルランナーという図式で語られることがありますが、僕はこのVSという言葉が嫌いで(笑)。登山者とランナーは共存できると思っています」
では、山というフィールドで共存していくには、互いにどのようなことを考えていけばいいのであろうか。
「まずは、どちらにも言えるのですが、集団での行動はいけません。他に威圧感を与えますから。そのフィールドに見合った人数というのがあるんです。20人、30人なんて数でトレイルを占拠しては、少人数で来ている人に迷惑になりますよね」 フィールドに見合った人数で走ることが重要。そのためには自分たちがこの先楽しみたいトレイルが、どんなトレイルかを把握しておくことが大切だと笹倉さんは考えている。 「まず、山の状況を知ることが大切です。高尾山のように、年間に数十万人の登山者が利用する山で走るとします。すると、ランナーは先に進めないストレスを感じるでしょうし、登山者はぶつかられて転倒する怖さがストレスになる。だから、登山者に人気が高いフィールドは避けるようにしたいですね。それから、トレイルの歴史も知ってもらいたい。これは登山者にも言えることですが。たとえばこの道は明治時代に苦労して開いた道だから、道幅はすごく狭いとわかれば、大勢ではなく3人くらいで行こうと思いますよね。そうやって文化、歴史を知ることで、いろんなことが見えてくるし、走っていても楽しいと思うんです」

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荒れそうだと思ったら、歩くようにしてほしい。

ただ、トレイルランナーは山では新参者。山のマナー、ルールについては、しっかりと知っておきたい。教えてもらおう。 「すべては相手を思いやる気持ちを持つことが一番です。たとえば登山者を抜かすときは、ちょっと遠くから〝すいません、抜かします〟と声をかけて、減速して追い越す。 また、山では上り優先というルールがあります。上りは運動強度が大きいから下りの人が譲るのですが、これは上る人の意思を優先すると考えてほしい。 〝どうしますか、上りますか?〟と声をかければいい。上ると答えたら道を譲り、休むと言えばランナーは先に進めばいいんです」
ただ、トレランが盛んになって、懸念されていることがあるのは事実。それが自然の荒廃だ。歩くのとは違い、ランニングは地面に強い衝撃を与えてしまう。 それが道を荒らすことに繫がると考えている人も、少なからずいるのである……。 「石が落ちる道では走らない。荒れると思ったら歩く、荒れやすい道には行かない。丈夫なトレイルだけ走るようにすれば荒廃は最低限に抑えられる。 これから先、登山道の整備についても考えなくてはならないでしょうが、将来、登山者とトレイルランナーが手を繫ぎ、同じフィールドで互いを尊重していけるようになることを、僕は願っているんです」

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取材・文/鈴木一朗 イラストレーション/Ryuto Miyake 取材協力/笹倉孝昭(日本山岳ガイド協会山岳ガイドステージ2)